人工干潟報告書-3 大阪南港(テキスト) 1. はじめに  人工干潟実態調査も、大阪南港で3カ所目となった。本報告書の作成中に、名古屋市は「名古屋市港区藤前地先における公有水面埋立及び廃棄物処分場設置事業に係る環境影響評価書」を提出。そこには、「干潟の整備計画」なる数ページの冊子が挟み込まれていた。  内容については、行政サイドの低能さ加減を曝け出す、「幼稚」を通り越して噴飯ものの怪(下位)文書であり、これが、専門家からなる「西1区自然環境保全措置検討委員会」の検討を経て提出されたものであるとしたら、まさに税金の無駄遣いである。あるいはやはり 「専門家には口が無い、という問題がある」ということなのか。  いずれにせよ、このようなものが大手を振ってまかり通るようでは、またしても日本人は良識を疑われるに違いない。  折しも、「広報なごや」9月号に、名古屋市長名で「パートナーシップの時代」と題して以下の様な文が掲載されていた。  ---前略---  これからの行政は、市民や事業者の方々の知恵と力をお借りし、パートナーシップのもとに進めなければ、より良い成果を得ることはできないと思います。そのためには、従来の発想にとらわれず、市政に関する情報を早い段階から開示することも必要だと思います。    ---後略---  相変わらず言うことだけは立派であるが、実の伴わないことである。一体、「名古屋市港区藤前地先における公有水面埋立及び廃棄物処分場設置事業」に、国内国外から、どれだけの批判が集まっているのか知らない訳ではあるまいに。  そして、上記のような幼稚な行政に知恵を貸そうという、「代替案の検討の要請」や、「計画中止の要請」の声には耳を傾けず、「自然との共生」を標榜する環境博の裏で環境破壊の道を驀進しようというのだ。どこが「パートナーシップの時代」なのかお訊きしたいものである。  今回の調査地である大阪南港では、干潟環境を真っ先に失った大阪湾に、シギ・チドリの楽園を取り戻そうとするNGOの長い努力があり、その努力に協力してきた行政との協力体制から、埋立地に人工干潟を造成するに至ったのである。口先ばかりで「パートナーシップ」を喧伝し、内実は市民不在の政治を続ける名古屋市政は、つまらぬ整備計画を検討する前に、五日市や葛西、大阪南港に見られる、市民と行政のパートナーシップを学んでもらいたいものである。           「人工干潟」実態調査委員会、現場調査班 小嶌健仁(SFA) 2. 調査目的  大阪南港では、開発に伴い破壊された自然環境回復のため、埋立地内に人工干潟の整備が行われた。人工干潟の実態を把握する調査の3カ所目として、この、大阪南港人工干潟の底生生物調査を行った。  一口に人工干潟といっても、立地条件・形状・投入される砂泥の質・そして、どのような干潟を創るのか、というビジョン等で、できる干潟の性格は多様になる。  今回の調査では、造成当初からの海水池である西池と、海水を導入して3年目にあたる北池について、底生生物調査を行い、最終的には、これまでの調査結果をまとめるものとする。 3. 調査地概況  大阪南港野鳥園は、「大阪南港の埋立地内にシギ・チドリの楽園を」と、1983年に南・西・北の3つの池12.8haと、緑地6.5haで開園した。  開園時は、3つの池のうち南・北池は淡水池、西池は、堤防下に埋設されたヒューム管により外港に連絡する海水池であった。  その後、NGOと行政との意見交換や、合同調査の実施、園内の環境悪化を抑えるための改修工事計画の提示等を経て、1995年10月に、西池・北池の連結(干潟の拡張)、新設ヒューム管の埋設等の工事が行われ、現在に至る。  したがって、今回調査した地点のうち、西池は造成後15年目、北池については、淡水池に海水を導入したのち3年目という環境である。 4. 調査方法 ◎ 調査日時      1998年7月4日 9:30〜13:30 干潮 10:31(潮位 109cm) ◎ 調査地点  底生生物の定量採集は下図に示すようにA,B,Cの3地点で行った。A地点は、南港野鳥園北池中央付近、B地点は同公園北池が西池と接する点。C地点は西池である。 ◎ 調査方法  それぞれの調査地点内で任意の場所に一辺が25cmのコードラードを設定し、スコップで30cmの深さまで素早く掘り、1mmメッシュの篩で少しずつ砂泥をふるい落とし、すべての生物を拾い出した。  採集した生物は、10%ホルマリンで固定し個体数および湿重量を測定した。 干潟概況図 5. 調査結果 ◎ 干潟概況  造成時の当該人工干潟は、底部泥土のまき上がりを防ぐため、ネットを敷設し、その上に、約40cmの覆土(海砂と山砂の混合砂)を投入したものであった。当初は、3つの池のうち堤防沿いにある西池のみが、南北2カ所に埋設されたヒューム管により外港と連絡した海水池であり、南・北池は淡水池であった。  1995年10月、西・北池を連結し(写真5)、北池を塩水化して干潟部分の拡張をはかると共に、西池中央部にヒューム管を増設して海水の交換量を増す工事が、1998年春にはヒューム管内の清掃作業も行われた。(写真6:最北部ヒューム管)  また、観察館からの観察を容易にするため、秋から冬にかけては、北池周辺のアシ原の刈り取り等、整備も定期的に行われている。 ◎ 底生生物現存量調査結果  A,B,C各地点で一辺25cm、深さ30cmの潟土中から採集された底生生物の湿重量を測定し、現存量を求めた。以下にその結果を示す。 各調査地点における出現生物の湿重量            表1 各調査地点における出現生物の湿重量-2 (単位 : g/平方m)     表2 各調査地点の出現生物写真 各調査地点の土質と出現生物の特徴                            表3  調査当日は、干潮時の潮位は+109cmとあまりよくなかったため、最大干潮時の前後に、水際で採泥し、調査した。  前頁の表と上の表に示すように、各調査地点とも出現した生物の種類は限られており、A、B地点のヨコエビ類以外は個体数も少なかった。  B地点で現存量が他の地点に比べて大きくなっているが、これは二枚貝1個体の湿重量が大きいためである。  各地点とも、コードラード法と並行して、コア・サンプラーによる深部の採泥調査を行ったが、A、Cの2地点では、基底部の浚渫泥が巻あがることを防ぐための樹脂製のネットが敷設されていることと、潟土の粒度中、礫質が多いことなどから、40cm以深の打ち込みは不能であった。  また、そのためか、深部から底生生物は採集されなかったため、次ページより土質及び生物量とまとめて報告する。 ◎ 各地点における生物量及び土質と考察  はじめに、南港野鳥園人工干潟の立地条件が、我々がこれまで調査してきた、広島五日市・葛西の2つと大きく違う点から述べる。  当人工干潟は、前述したように、大阪南港の埋立地内に造成された人工干潟であり、干潟そのものが直接外海に開口していない。これは、五日市のような潟土の流出が起こりにくい、又、葛西西なぎさのような泥土の堆積により粒土組成が変わる、といったことも起こりにくい反面、堤防下に埋設されたヒューム管のみで外海と連絡している為、海水の移動、交換が少ないという面も併せ持つことになる。  もう一つ、前2地と大きく異なる点は、南港野鳥公園人工干潟には、隣接する自然干潟がない。ということである。五日市では、八幡川河口干潟が、葛西東なぎさでは三枚洲が隣接して存在し、両人工干潟へ底生生物を供給していた。この事は、後述するが、生物量と生物種に影響していると思われる。  次に、各調査地点の特徴を述べる。 1. A地点  p.3 図1に示したように、西池との連結部を通して海水を導入しており、連結部から離れた部分は、塩類濃度がかなり低くなっていると思われる。また、水の移動は雨水の流入か、潮位差による往復であり、この点でも北池奥部はかなり淡水性の強い環境であると思われる。また、水流がほとんど無いことによるものか、北池奥部は、藻類が非常に多く見られた。  北池は、1995年に掘削により西池と連結し、海水を導入しているため、干潟としては3年目ということになる。また、海水の導入に伴い、淡水性の植物はある程度枯死したと思われる。表3の土壌図に示した、黒色有機質(植物残渣)は、この時の名残と、上記藻類の枯死体であると思われる。 2. B地点  西・北池の連結部であり、掘削工事によるものか、覆土は他の2地点に較べて薄い。北池奥部からの塩類濃度の低い水と西池側からの海水が混じり合うこと、また、北池からの水の流出はこの場所のみであるため、降雨時、干潮時には水流もあり、これらの面ではもっとも河口干潟に近い環境である。 3. C地点  造成時より海水を導入した池である。3地点の中ではもっとも外海の影響が大きい場所である。1995年にヒューム管の増設工事を行い、海水の交換量を増やしている。とはいえ、ヒューム管の埋設方法からすると、海水は、捨石の隙間を通って交換される為、直接海に面している自然干潟と較べた場合、波浪、潮位変化等の影響は非常に小さいと思われる。 4. 出現生物種と土質、及び考察  南港野鳥園人工干潟の底生生物量を、前ページまでにまとめた。北池については、海水を導入して3年目、ということで、造成直後と言ってもよい状態である。むしろ、今後どのように生物量が変化してゆくのか、継続した調査がなされることを期待したい。  その様な条件があるものの、調査地点全体を見た場合、出現生物種及び個体数は少ないといわざるを得ない。  原因として考えられる点を以下に挙げる。 (1) 閉鎖的な系である。  前述のように、当該人工干潟は、埋立地に造成されたものであり、河川からの栄養塩類、有機物の供給が期待できない。また、海からの供給も、ヒューム管のみで連絡していることからすると、自然状態の干潟に較べて少ない。結果、付着藻類や、デトリタス食の底生生物量が少なくなると思われる。  このように、物質循環の面から見た場合、栄養塩類、有機物の供給に対し、鳥類の採餌、水流による流出等で系外へ持ち出される量が増加すると、当該人工干潟の生物量は減少すると思われる。 (2) 底生生物又は底生生物幼生の漂着が少ない。  上記の事項に関連するが、捨石の間隙を通してしか、海水が流入しないため、プランクトンの状態で生息域を拡げる底生生物の幼生が漂着しにくいのではないかと思われる。  今回の調査でも、アナジャコ類が採集できないかと期待していたのだが、結局1個体も採集されなかった。これは、西池では、粒土組成で見ると、礫質が多く、アナジャコ新規個体が巣穴を掘るには適さないこと、西・北池連結部分では、粒土組成はよいものの、掘削されて3年目と、新しすぎて着底していないのではないか、と考えられる。 (3) 潟土に対する酸素の供給が不足しがちである。  調査地点A、Cでは、干潟表面から数mm下に、還元層又は有機物の堆積が見られる。投入された砂は、山砂と海砂の混合砂であり、粒度組成を見ると礫質が30%を越える。  五日市では、礫質が多く水はけがよすぎて、有機物の堆積が少なく、干潟上部にはほとんど底生生物が見られなかったが、当人工干潟ではこれだけの礫質があるにもかかわらず水流がほとんど無いため、有機物の流出が少ないのではないかと思われる。結果として、水流による酸素供給が少なく、植物の枯死体が運び去られず、また分解が遅い、という状況になっていると思われる。 (4) 北池では夏季に水温が上昇しすぎる。  今回の調査は、7月はじめであったが、それでも北池奥部の水温は、手を入れると温かいとわかる程に上昇していた。これは、前述したように、北池奥部では水流がほとんど無い事、さらに、黒色の有機物(植物残渣)の存在で、太陽熱を吸収しやすくなっていると思われる。ここまで水温が上がると、底生生物の棲息には条件が悪いのではないかと思われる。   6 まとめ  大阪南港野鳥園人工干潟は、最初の造成工事から15年が経過する。しかし、開園10年目頃から、環境改善のため、西・北池の連結、南池の排水用水門の設置、ヒューム管増設、昨年はヒューム管内の清掃等々、環境への働きかけが続いている。したがって、生物量もまだまだ変動してゆくと思われる。中でも北池は海水の導入後3年目であり、以前が淡水池であったことを考えると、安定状態に達するまでには、かなりの時間を要すると思われる。実際、北池については、周辺のアシが、海水導入後、わい化してしまい、草丈の低いものになってしまったという(もっともこれは、海水の影響の他に、系内への物質流入量と系外への流出量のバランスが崩れたためということもあるのでは、と個人的には考えているが)。  ところで、当人工干潟では、NGOと行政との意見交換・合同調査等、両者が協力して事にあたっている姿勢が見られ、好感が持てる(とは言うものの、そこまでに至る過程に、NGO の多くの労力が費やされたであろうことは想像に難くないが)。  前回、前々回の葛西、五日市でもこのような姿勢が見られ、「人工干潟の成功例」というよりは、「NGOと行政の協力体制がはかられている」という点においての成功例ということである。  葛西、五日市の2つの例からも、たかが10年15年といった短いスパンで人工干潟の評価を行うことは危険であるし、多様な環境を有し、変化の多い干潟生態系を、ある瞬間の調査のみで云々することは極めて不遜な、かつ環境に対する無理解をさらけ出す行為であるということを我々は学んだ。  大阪南港人工干潟は、前述したように埋立地の中に造成された、しかも直接外海に面していないという、ある意味で貴重な実験環境ということができる。今回の調査時の底生生物量は、残念ながら多いとは言えないし、単に生物量だけの比較でものを言うのであれば、「成功例」とは言いがたい。しかし、見るべきはむしろこれからである。この、極めて閉鎖的な環境下で、しかも、自然干潟からの生物供給が難しい状況で、どこまで環境を造ることができるのか、そして、「大阪南港の埋立地内にシギ・チドリの楽園を」という開園時の目的にどこまで迫ることができるのか。これまでの結果よりも、むしろこれからの実践、研究に期待したい。    大阪南港人工干潟底生生物調査     1998年7月4日調査実施  現場調査参加者:花輪伸一(WWFJ)、大阪南港グループの皆様          小嶌健仁、加藤倫教、伊藤恵子、辻 淳夫(以上4名 SFA)  情報提供協力者:高田博(南港グループ)