3.守られた、海上の森と藤前干潟が、見せるもの

 

 いまとなれば、「愛知万博」が、海上の森で構想されてきたことも、「幸運」だったかも知れない。それは、最後の渡り鳥渡来地−藤前干潟が、こともあろうに自分たちの出すゴミでつぶされようとしたことと同じ意味においてである。
 「跡地利用」という名の開発様式や、際限のない都市化型開発への疑問、里山という、人と自然がみごとに共生し、多様化させてきた環境の価値をクローズアップしてくれたからである。

 もうひとつの幸運は、両者が矢田・庄内川を通じて、つながっていることだろう。広葉樹林の落ち葉の元につくられるフルボ酸鉄が、海のいのちにとって不可欠の養分であることが明らかになり、森と海のつながりや、地球上の養分大循環のしくみにまで、理解が及ぼうとしている。

 両者とも、ある意味では奇跡的に、しかし、時代の状況と要請という意味では必然的に、守られることになった。これは、私たちの世代の貴重な、次世代に希望をつなぐものとしての体験である。海上の森と藤前干潟の尽きることのない魅力を感じてもらいながら、そうした社会の体験を伝えることができれば、「環境万博」の中身として、これほどふさわしいものはないだろう。

 

  

 

4.環境修復型開発と循環型社会への実績と展望

 

 海上の森や藤前干潟を、21 世紀型社会への象徴として見せるには、それを可能にした社会システムの転換が実感されなければ意味がない。それには、かって森を壊したところに森を復原しつつ進められる環境修復型のあたらしい開発の姿があり、海を壊してきた埋立地や干拓地に干潟を再生し、都市の廃棄物を資源化するしくみや、クリーンエネルギーの基地として活用をはかる姿が現実のものとしてあることである。

 それらが、一過性の見せ物として、あるいは将来性のある夢の技術としてあれば良いという時代ではない。21 世紀の初頭に、普遍的モデルとして、生産からくらしのあり方まで、苦難を超えて改革がすすみ、次代のランナーに引き継げるところにいることを見せたい。

 
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