Fujimae Booklet 2

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人工干潟の現状と評価  

 広島市五日市地区の人工干潟は、完成直後から始まった地盤沈下(年間15-20cm、干潟造成のために積み上げた土砂自体の重量による)、台風(1993年)や波浪による砂泥の流失によって底質は礫が多くなり、面積もかなり縮小している。底生生物は、造成直後2-3年間はアサリが多量に生息し、現存量や水質浄化能は自然干潟より高いという調査結果が得られている。しかし、面積の縮小、底質の礫化などによって、底生生物の現存量は小さくなってしまったと考えられている。96年には中央部に山砂を12,000トン補給し、干潟の回復を図っている。以上のことから、この人工干潟は地形的にも生物的にも安定した状態には到ってないと言えるだろう。

 渡り鳥、特にシギ・チドリ類の渡来地としての視点で見ると、食物となるゴカイ類や小型カニ類などが少なく、干出する面積も時間も、数十羽から数千羽で渡りをする鳥類にとっては狭すぎると考えられる。実際、最近ではシギ・チドリ類の種数、個体数はともにすくない。一方、この点については、干潟全域のベントス分布や量、粒度組成、干出時間と関係する地形変化などについて面的に把握し、評価検討する必要が指摘されている(文献12)。シギ・チドリ類が生息できる干潟への環境改善が期待される。

 東京都葛西海浜公園(東なぎさ・西なぎさ)は、地形的には安定しているようにみえる。立入禁止の東なぎさでは、陸側にヨシ原が発達し、平坦な干潟には澪筋ができるなど、景観的にいい状態になりつつある。西なぎさでは、砂中のシルト・粘土分を低減する養浜工事が行われ、海辺環境を楽しむ利用者も多い。しかし、底生生物の種数、現存量については造成以前の状態には回復しておらず、変動もかなり大きいとみられている。特に、年によって異なった種類の二枚貝が大量に出現することがあり、これは二枚貝の幼生が外部から供給されることによって一時的に復活するためと考えられている(文献13)。特に、両なぎさの前面には、三枚洲と呼ばれる浅海域が広がり、一部に自然干潟もあることから、底生生物の幼生は容易に供給されると思われる。一方、大きく変動する理由としては、この地域が荒川、江戸川放水路の河口に位置するため、河川水により塩分濃度が低く、洪水時にはほとんど淡水化すること、また、青潮の発生による底生生物の大量死滅が起きている可能性がある(文献8,13)。しかし、90%以上の干潟が失われ、シギ・チドリ類の渡来数も10分の1に激減した東京湾では、両なぎさは貴重な地域である。そのため、湾奥の干潟の回復を目指し、基本的な構造をより多様性のある湿地や干潟へ変更すべきとの指摘がなされている(文献13)。

 大阪南港野鳥園は、住吉浦の干潟がすべて埋めたれられた後、埋め立て地に造成された鳥類の生息地である。そのため、外海とは堤防で区切られ、海水の流入流出はヒューム管を通して行われている。このような構造と改修後の時間的短さから、底生生物相および生物量には場所的なばらつきが大きく、相対的に少ない。しかし、人工干潟の構造改善が図られており、規模と環境に見合った生物量、鳥類の渡来数が期待される。また。この野鳥園では公園管理者とボランティアが連携して環境管理、普及教育を行っている(文献14)。

 人工干潟造成の費用についてみると、広島の例では、25haの干潟を造成するのために、総事業費として約42億円を必要とし、その後の調査やメンテナンス等に年間数千万円が使われている。東京の場合には、資料を入手していないので分からないが、推定するに30haおよび38haの人工干潟には百億円以上が必要だったのではなかろうか。大阪の場合も同様と思われる。

 以上のことから、わずか3例であり例数が少ない、また、造成から数年ないし10数年の時点でのことであるという問題はあるが、人工干潟と自然干潟の違い、特に、問題点として、一般的には次のことが指摘できるだろう。

 人工干潟は、(1)面積が狭い、(2)地形、底質が不安定、(3)生物の多様性が低く、底生生物の種数・現存量とも不安定、(4)シギ・チドリ類の食物となる底生生物が少ない、(5)有機物・COD除去の水質浄化能力が低い、(6)後背湿地やアシ原、前面の浅場や藻場とのつながりがない、(7)造成と維持に莫大な経費がかかる、(8)造成用の砂泥の採集が二次的破壊をもたらす。これらの点を考慮すれば、人工干潟は自然干潟におよばないのは明らかである。

 ただし、筆者らは、人工干潟の造成を否定しているわけではない。コンクリートやテトラポットで覆われ、人々が近寄れず生物も住めない海岸線に、ふたたび自然を取り戻すためには、人工干潟の造成はむしろ有効な方法であると考えている。広島県と東京都、大阪府の3つの人工干潟造成の例は、当時の社会背景の下では、行政当局の相当な努力があったことは間違いなく、失われた干潟を復元するということは、今日的にも大きな意味を持っている。また、住民参加の下で環境教育などに活用されることは、たいへん意味のあることである。

 しかしながら、注意すべきことは、人工干潟の造成という環境復元の手法を、現存するアクティブな自然干潟を埋め立てるための理由に使ってはならないということである。

「人工的なものは、しょせん人工物であり、万年の単位を要して形成された自然環境のすべてを用意できるわけではない。今ある干潟を大切にし、その上で自然回復に、人間が何の手伝いをできるかを考えた上で、人工干潟の問題を取り扱うべきである」(文献15)。

 

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