Fujimae Booklet 2

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人工干潟は藤前干潟の代替措置に
なり得るか
 

 これまで述べてきたことから、「人工干潟の造成を藤前干潟を埋め立ての代償とする」という名古屋市の主張は、以下の点で大きな問題があり、効果は期待できず、実現性の低いものであると考えられる。

1.人工干潟は自然干潟におよばない

 造成された人工干潟は、面積、地形、底質、生物の多様性・種数および現存量、シギ・チドリ類の食物、水質浄化機能、造成と維持の経費など、ほとんどすべての面で自然干潟に及ばないのは明らかである。特に、面積は大きなファクターであり、藤前干潟の代償とするなら、人工干潟の質が劣る分をより広い面積にすることでカバーしなければならない。したがって、国内最大のシギ・チドリ類の渡来地である藤前干潟を人工干潟で代償することは不可能である。

2.造成の費用対効果は割に合わない

 人工干潟の造成には、面積30ha前後のものでも、総事業費として数十億円から数百億円を必要とし、その後のメンテナンスにも年間数千万円を必要とする。現存する藤前干潟を埋め立て、一方で、莫大な費用を必要とする人工干潟を造成することは、費用対効果からみると割の合わないものであることは明らかである。面積を狭くすれば少しは安上がりになるかも知れないが、干潟としての構造と機能は期待できず、かえって無駄遣いになるだろう。

 三河湾の一色干潟(10km2)における試算によれば、同干潟の水質浄化力は、活性汚泥法の下水処理施設と比較すると、1日最大処理水量75.8トン、計画処理人口10万人、処理対象面積25.3 km2 程度の下水処理場に相当する。これは、最終処理施設の建設費が122億1000万円、年間維持管理費が5億7000万円で、その他必要な下水道施設建設費・維持費を合計すると、総額878億2000万円に相当する(文献16)。

 広大な自然干潟を壊して、小さな人工干潟を造成することは、まったく合理的ではない。

3.アセスメントおよびミティゲーションの方法が間違っている

 ミティゲーションの定義は、環境影響を、(1)避ける(avoid)、(2)最小化する(minimize)、(3)矯正する(rectify)、(4)減少(reduce)か消去(eliminate)する、(5)代償措置を行う(compensate)とされている(文献17)。そして、ある開発行為を行う場合には、この順番で検討されなければならない。つまり、環境アセスメントにもとづき代替案を検討したが、それが該当地でなければならないという証明がなされた後、順次、次善の策を検討するということである。代替案や次善の策を検討せず、いきなり代償措置に飛びつくのは、論理的、科学的な態度ではない。

 また、ミティゲーションの基本は「 No net-loss 」、つまり開発による生態系の損失を、生物生息環境の人為的創出により実質的に補うことである(文献18)。

 一方、新しい「環境影響評価法」でも、第三条において、国、地方公共団体、事業者および国民は、環境への負荷をできる限り回避し、または低減すること、その他の環境保全についての配慮が適正になされるよう、それぞれの立場で努めなければならないとされている。すなわち、まずは回避の努力をすべきなのである。

4.藤前干潟保全の世論、国際世論は大きい

 日本および世界において、干潟をめぐる社会状況は大きく変わっている。開発の対象としてではなく、生物多様性の保全、水質浄化機能の保持、沿岸漁業の振興などの視点から、干潟の保全の必要性とそれを支持する世論は、ますます大きくなっている。特に、日本の場合には、すでに40%の干潟が埋立や干拓により失われ、今後も干潟の開発計画はいくつも続いているのである。現存する自然干潟は保全し、過去に失われた干潟を復元することが、今後の保全政策として求められる。

 1999年5月のラムサール条約締約国会議(コスタリカ)では、日本の干潟の消滅問題が大きな話題になると予想される。藤前干潟は保全されるべきである。

 

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