Fujimae Booklet 2

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環境アセスメントにおける干潟の価値の過小評価

 環境保全の熱意がない環境アセスメントがどんなひどいものになるか、たとえば、干潟の浄化能力について見てみよう。干潟の浄化機能とは、海に流入したチッソやリンが干潟生態系に取り込まれ、最終的に系外に運び出されることである。チッソやリンは多すぎれば富栄養化という問題を生じるが、基本的にはすべての生物にとって必須の栄養素である(ダイオキシンのような毒物とは根本的に異なる)。干潟生態系は、単に水をきれいにするだけではない。水中のチッソやリンは食物連鎖を通してゴカイなどの生体成分に再構成され、それがさらに大型動物の食料となる。大型動物は、最終的にチッソやリンを干潟の外に運び出すために重要な役割をはたす。特に鳥の活動などによって、海に流出したチッソやリンが再び陸に返される過程は、長期的に見れば陸の生物にとってたいへん重要である。

 環境アセスメントでは、「藤前干潟は、隣接する新川河口干潟に比べて底生生物がとても少ないので、浄化能力も大変小さい」とされている。これは以下の3つの理由で、大変な過小評価になっていると思われる。

1)新川河口干潟が砂質で、ヤマトシジミなどの二枚貝が多い所であるのに対して、藤前干潟は泥質であり、大型甲殻類のアナジャコが多数生息している。アナジャコは二枚貝よりもずっと深く潜っているので(深さ2m以上の巣穴が確認されている)、環境アセスメントの調査方法ではアナジャコを採集できない。

2)干潟生態系は大変複雑で、数量化が難しい部分が多い。環境アセスメントの限られた数量データだけから単純なモデル式を用いて干潟の浄化能力を計算すること自体、無茶なことである。たとえば、鳥の採餌によってどれだけのチッソやリンが干潟から除去されるのかは、干潟の浄化能力を評価するために決定的に重要であるのに、「モデル化が難しい」などの理由で計算に入っていない。シギ・チドリ類の飛来数が日本最多といわれる藤前干潟で、鳥を無視して浄化能力を計算するとは、公正でない。

3)藤前干潟における脱窒によるチッソ除去量は、環境アセスメントでは、1.2〜2.8mgN/平方m/日と見積られているが、根拠が明記されておらず信頼できない。同じ場所で専門家によって学術雑誌に発表された過去のデータによれば、脱窒によるチッソ除去量は20倍以上高い(33〜66mgN/平方m/日、伊藤ほか、1991年、水質汚濁研究14:867〜875)。

干潟の整備計画について

 失われる干潟環境の代償措置として、埋立地の周辺にさらに土砂を入れて人工的な干潟を造ることが計画されているが、干潟生態系は干潟とすぐその下の浅海域がセットになったものであるから、浅海域をつぶすことは生態系全体としてはマイナスの効果にしかならない可能性がある。また、もともと干潟でないところに砂を入れても、それが長年維持されるとはとても思えない。広島湾の人工干潟では、入れた土砂の重さで地盤が沈下し、干潟はやせ細り、鳥の飛来数も減っている。このような点を一切検討することなく「干潟の改良」などと言うことは、あまりにも無責任である。

まとめ

 今日の国際的な課題である環境保全は、「鳥がかわいそう」という次元の問題ではない。「自然の生態系のこれ以上の破壊は、人間の子孫の生存基盤を脅かす」という危機感が、研究者だけでなく市民の共通意識となりつつある。だからこそ日本もラムサール条約や生物多様性条約という国際条約に参加しているのである。地方自治体がいまだに環境保全の理念を持たず、自然の価値を軽視することは許されない。日本中の干潟がこれほどひどい状況になっているのに、次世代の心配ができないというのは、モラルの欠如と言うべきであろう。

 特筆すべきことに、藤前干潟では地元の住民グループが専門家の助言を受けながら独自の調査を行い、報告書をまとめている。そこでは、環境アセスメントが見落としていたアナジャコの生息状況も詳しく調べられており、データの信頼性が高い。名古屋が誇るべき藤前干潟の価値の大きさと保全の必要性を明確に主張したこの報告書こそ真の環境アセスメントと言うべきものである。この市民の努力を無駄にしてはいけない。
 

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