名古屋市の藤前干潟におけるゴミ処分場建設計画について、名古屋市は、その環境影響評価書案で干潟や渡り鳥への影響は明らかとしながらも、人工干潟などの代償措置を講じることにより処分場建設を計画どおり進めようとしている。
しかしながら、一般的に言って、代償措置としての人工干潟については、その目的、規模、構造、機能、費用対効果などについて十分に検討されているわけではない。
そこで、(財)世界自然保護基金日本委員会(WWF Japan)、(財)日本野鳥の会(WBSJ)、(財)日本自然保護協会(NACS-J)、日本湿地ネットワーク(JAWAN)、および藤前干潟を守る会は、人工干潟実態調査委員会を設置し、既存の人工干潟について現地調査、文献調査を行い、人工干潟の現状と問題点および人工干潟が藤前干潟の代償措置になり得るのかについて検討を行った。その結果について報告する。
開発により自然海岸が失われた場所では、代償措置として海浜を造成した例があるが、多くの場合は人々の憩いの場としての人工砂浜であり、渡り鳥の渡来地や底生生物・魚類等の生息地、水質浄化の場としての機能を目的とした人工干潟の例は少ない。
広島市五日市地区人工干潟(八幡川河口)、東京都葛西海浜公園(東なぎさ・西なぎさ)、および大阪南港野鳥園(西池、北池)は、生物の生息地としての干潟の造成が主要な目的とされ、造成後にも生物や底質などに関する調査が継続されていることから、この3地域の人工干潟について、現地調査、文献調査を行った。
1.広島市五日市地区人工干潟(八幡川河口)
広島市五日市地区の八幡川河口では、港湾計画による干潟の埋め立ての代償措置として、1987年から1990年にかけて、幅250m、長さ1,000m、面積24haの人工干潟が造成された。1991年から92年までの調査(文献1)では、以下のような報告がなされている。
人工干潟は造成後20-40cm程度沈下しており、波浪や台風により浸食された部分もあり、堆砂がみられる部分もある。粒土組成は、礫20%、砂76%、シルト・粘土4%であった。干潟の底生生物の平均現存量は829g/m2であり、水質浄化量は底生生物現存量をもとにCOD除去量と有機物除去量として計算すると、1,000g/m2/年を越え(グラフからの読み取り)、自然干潟を大きく上回る結果が得られた。鳥類は、工事期間中は減少していたが、造成2年目には種類数、個体数とも以前と同様の数になった。
一方、同一地域の1997年度の調査報告(文献2)では、かならずしも上記と同一の視点や調査・分析方法を用いているわけではないので、直接比較するのは困難であるが、以下のような記述がみられる。人工干潟の栄養状況は、底質の硫化物量、COD量でみると全域が貧栄養域に相当し、粒土組成では瀬戸内海の一般海域に近い底質となっている。底生生物は、干潟高部(陸側)が貧栄養域、低部(海側)が富栄養域に相当する種類構成を示している。なお、隣接する八幡川河口干潟では、いずれも富栄養域の様相を呈している。
底生生物の現存量は、1992年から97までのデータがグラフで示されている。これによると、干潟低部では、現存量は春夏に大きく秋冬は小さいという季節変動があり、93年、96年には5,000−6,000g/m2という高い数値が得られているが、96年10月以降は700-800g/m2と小さな値が続いている。干潟の中部、高部については95年以降現存量は小さくなり季節変動も明瞭ではなくなっている。
水質浄化量は、上記調査と異なり人工干潟の不撹乱底砂を実験室に持ち帰って測定している。その結果、人工干潟の浄化能は窒素が0.103g/m2/日、リンが0.008g/m2/日で、自然干潟の東京湾三番瀬のそれぞれ57.5%、30.3%であり、自然干潟より大きく下回った。
鳥類については、シギ・チドリ類、ガンカモ類ともに個体数が減少し、人工干潟の利用率が低下している。1983年と1997年の調査結果を比較すると(文献3、4)、主要な種類では、ヒドリガモ、ハマシギが約4分の1、コサギが5分の1に減少している。ユリカモメは30%減程度である。
筆者らによる1998年5月の現地調査(文献5)では、以下のような状況であった。造成後7年を経過した人工干潟では、地盤沈下と波浪による浸食が進んでおり、5月26日の大潮干潮時(潮位−12cm)には造成当時の約3分の1程度の面積しか干出しなかった。干出部の底質は大部分が砂礫で、粒径が2mmを越えるものが多い。2mmメッシュの篩いを用いて採集した底生生物の現存量は、3地点(各地点3サンプル)のそれぞれの平均値でみると、530g/m2、460g/m2、1,359g/m2であった。これは、91-92年の調査報告で示されている現存量の5分の1から10分の1程度である。
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