3 環境保全に向けての提言
現在の藤前干潟は、生態系としてみた場合、非常に奇妙なバランスの上に成り立っているように思われる。
全くの自然干潟の場合、そこに流れこむ河川があり、潟土と有機物の供給が行われる。河口部にはアシ原があり、河口の汽水域から干潟、浅海域へと、緩やかな傾斜が続く。
この、緩やかに変化してゆく一続きの環境が、本来の姿であるが、藤前干潟の場合、いわば「干潟」の部分だけを切り出したような環境が「突如」出現する。
藤前干潟の東側を流れる「新川」は、元はと言えば治水目的のために掘られた人工の川であり、上流は自然の川であるが、下流は完全に人工のものである。河口部にもアシ原はそれほど発達しておらず、本来そこで浄化されるはずの有機物は、藤前干潟に流入しているのであろう。西側はと言うと、流れがほとんど無いに等しい「日光川」であり、水門によって、過剰な水がオーバーフローされる程度の「川」である。
この2つの川に挟まれた藤前干潟は、通常の渚のように「海に向かって緩やかに傾斜する」のではなく、「土砂を運んでくる新川から流れのほとんど無い日光川に向かって緩やかに傾斜する」という、不思議な地盤高の変化をする。さらに、陸との境には「海岸」を持たない。伊勢湾台風後に強化されたという堤防から、いきなり干潟が生えるのである。堤防の捨石のある部分は、まるで波の静かな「磯」であり、結果、堤防の直下は、干満に合わせて水の動く澪になっている。
さらに、干潟の南端はというと、新川と日光川の流路が合流するため、流路と船舶の航路を確保するため、定期的に浚渫される。「緩やかに浅海域へと変化する。」という環境は望むべくもない。藤前干潟は全体として南端の尖った五角形になり、そして、これ以上南側への干潟の発達は無い。
名古屋市の行なった環境アセス(正確にはそれに付随して突如出てきた「干潟の整備計画」)によると、新川上流の護岸整備に伴い、土砂の供給が減少しているため、藤前干潟は、徐々に「やせている」とのことである。しかし、考えようによっては、この事が藤前干潟を絶妙のバランスの上に保たせているといえる。
新川が、現在以上の土砂を供給し始めたら、藤前干潟は、現在の干潟部分だけがかさ上げされる結果になりかねない。そうでなくとも、干潟東端は、新川の運んでくる砂泥によって、砂質化が進んでいるのである。
さらに、少なくとも、東西南の各側は、河川又は航路ということで一定の深さを保たなければならない。勢い、「干潟」部分と、河川・航路部分の水深差が現在より大きくなり、下手をすれば五角形の台地状の土地ができ上がり、干潟では無くなりかねない。このような地形は、新川の東側の庄内川河口部に見られる。
このように考えてくると、藤前干潟が、いかに特殊な環境にあるかがわかってきて、改めて考えさせられてしまう。面積的にも100ha程の小さな場所が、よくも「日本有数の渡り鳥の中継地」であり得るものである。それ程に、他の場所が無くなってしまったのか、あるいは、前述したように、藤前干潟が極めて微妙なバランスの上に「日本有数の渡り鳥の中継地」であり得るのか、である。私自身は、後者の見解をとりたいが。
こうして考えた場合、保全が決定したとはいえ、藤前干潟周辺の状況は、予断を許さない。少なくとも、我々が確認しただけでもここ2年間、夏期に起こっている、底生生物の激減を食い止めなければ、環境の悪化は加速度的に進むであろうし、場合によっては渡り鳥の中継地としての機能(食糧補給地)を失ってしまう。
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