Booklet 04 P.10

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細菌兵器を研究開発し、実用化するために設置された七三一部隊
七三一部隊出身者がつくった会社

 

 

 七三一部隊は、ハルビンの本部で行われた残虐な人体実験で知られているが、それは、細菌兵器を研究開発し、実用化するために設置された部隊であった。3000人を犠牲にした人体実験の目的も、細菌の効用を確かめることにあった。この部隊につづいて一六四四部隊が南京にも設置された。日中戦争のさなか、中国大陸の各地で細菌戦が展開されたのである。その被害者は、中国全土で約30万人に近いと推計されている。

 これについて石井中将は、「細菌戦は経費が少なく、資源の乏しい日本に適している。鉄による砲撃は、その周囲の一定の対象しか消滅できず、負傷した者もすぐ回復する。しかし細菌は人から人へ、村から都市へと広がり、その害毒は人体深く浸透し、死亡率も高い‥‥」と豪語していたと言われる。現在、七三一部隊の人体実験にされた中国人の被害者遺族による裁判が審理中であるが、97年8月、細菌戦攻撃を受けた六地域の被害者とその遺族約百人が、日本国を相手取って損害賠償を求める裁判を東京地裁に起した。請求額は一人につき1000万円で、合計約10億円。細菌戦被害の訴訟はこれが初めてである。

 六地域とは、「浙江細菌作戦」で標的にされた浙江省の崇山村、義鳥市、衢州市、寧波市、江山市と湖南省常徳市である。石井中将が自慢したその効力が遺憾なく発揮されたのがペスト菌投下だ。ペスト菌をそのまま空中から散布すれば、空気の抵抗や気温変化で死滅する。そこで石井が案出したのがペストノミだ。ペスト菌を注射したネズミにノミをたからせ、その血液を吸わせて感染させる。40〜42年頃、ペストノミ投下作戦がつづけられた。低空飛行で旋回し、麦粒や栗、トウモロコシをばらまいた。そのなかに大量のノミが交ざっていた。七三一部隊の井本熊男大佐の業務日誌に、「アワ3kg」を投下したと明記されているが、アワとは七三一部隊で使われたペストノミの符丁である。

 ところで七三一部隊全員の免責をGHQと取引交渉した内藤良一は、その過程でGHQとも「親密」になり、その指示を受けて、朝鮮戦争勃発にさいし「日本ブラッド・バンク(血液銀行)」を設立、輸血用血液を調達し、それを負傷者続出の米軍に売ることで大いにもうけた。それが前身となり、かつての軍医仲間たちが集まって「ミドリ十字」を創設する。GHQの指示で、七三一部隊出身者がつくった会社だと言えなくもない。

 こんな過程をへて出来上がったところだから、そこに倫理観などあろうはずは亡く、良心を欠落させて破廉恥な汚職など不思議ともしない「立派な伝統」が存在していた。だから非加熱製剤「クリスマシン」を売りつづけ、薬害エイズに二千人近く感染させて過失致死傷に至らせたのも自然の成り行きとみてよい。おまけに多くの人体実験をその手で実行してきた上級軍医たちは、免責されるやいなや、みんな過去を秘してそのことには口をつぐみ、医学・薬学界の重鎮に返り咲く。多くが厚生省をはじめ政府の要職、中でも国立予防衛生研究所には大勢がもぐり込み、また大学の教授、あるいは製薬メーカーへとポストを獲得したのであった。

 元社長、前社長、現社長の3人が一度に逮捕されるという前代未聞の事件となったミドリ十字とは、どんな会社であったのか。元役員のひとりは次のように言っている。「うちはOBの私から見ても変な会社でね。学者崩れの研究員と、銀行から来て薬のことを何も知らない無能な幹部と、厚生省から天下ってきて判を押すだけの暇な幹部とが、それぞれ勝手に仕事しているところなんです。うちは、ひっきりなしに不祥事が起る会社ですが、それを役員クラスでも、新聞を読んで初めて知るのが普通なんです。」

 

 

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