Booklet 01 P.6

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戦後、目標を失ったナショナリズムは「家族、村落、地方的小集団のなかに分散還流した」。
「国内消費用ナショナリズム」と「その都度ナショナリズム」

 

2 国家主義復活の過程と
   それをうながす思想状況
 

 

 1990年代になって、近代日本の戦争を近代化の必然であったと弁護し、日本の国益を第一に考え、国家への忠誠を求める国家主義のイデオロギーが、大手を振って登場してきた。こうした国家主義に対する批判が、今日、政治的、社会的、思想的課題としてきわめて重要になってきている。その課題に向き合うために、まず戦後日本の「ナショナリズム」がどのような生態で機をうかがい、どこへこれから向かおうとしているのかを見たい。

 1951年という戦後早い時期に、戦後ナショナリズムの動向を論じた丸山真男の論文「戦後日本ナショナリズムの一般的考察」がある。それを読むと、天皇制が支配する帝国形成とそのための聖戦遂行のシンボルに向かって集中していたナショナリズムの感情は、敗戦を契機に、そのシンボルの崩壊によって目標を失ったが、全く姿を消したのではない。それは「再び社会機構の底辺をなす家族、村落、地方的小集団のなかに分散還流した」と見なす方が「より適切」だろう。そして「本来、日本のナショナリズムが地方的郷党感情や家父長的ロヤリティ等の伝統的道徳の組織的動員によって形成されたのだから、中央への集中力が弛緩すれば、直ちに自動的に分解してその古巣に復帰するのは当然である。従って、この場合、過去のナショナリズムはその性格を質的に変えることなしに、ただ量的に細分化されて政治的表面から姿を消したにとどまる」(『丸山真男集』第五巻、岩波書店、106ページ)とのべている。彼はまた、古いナショナリズムに代わって「デモクラシー」が「国民の日常生活を内部から規定する積極的なシンボルになる」ことへの期待を表明する一方、現実にはそれはまだ「舶来品」であって、国民の生活様式にまで浸透していないと認識していた(同書、107ページ)。

 また1953年の別の討論記録「民主主義の名におけるファシズム」では、次のような予測を語っている。今後の反動ナショナリズムはホーム・コンサンプション(国内消費)を第一目的とするもので、戦前のような対外輸出面は後退している。その国内消費用ナショナリズムは、家父長的あるいは長老的支配を国民的規模に拡大した戦前のナショナリズムと質的には同じもので、国民の漠然としたいまだ組織化されていないナショナルな感情を吸い上げていくために、直接的積極的には政治的意味を持たないようなナショナリズムのシンボルを復活させる手段をとるだろう。たとえば村祭り、神社信仰、修身、道徳教育、なかでも家族道徳や上下服従の倫理、伝統芸能や伝統文化(生花、茶の湯、歌舞伎、浪花節など)を復活させることは、戦前日本に対するノスタルジヤを呼び起こし、その反面で、「戦後の民主主義運動、大衆を下から組織化していく運動に対する鎮静剤、睡眠剤」としての政治的効果をもたらす。「いいかえると、大衆の関心を狭い私的なサークルのなかにとじこめ、非政治的にすることによって逆説的に政治的効果をもつ」。そして、天皇をもちあげる代わりに皇太子を、政治性と非政治性の限界のところでもちあげるやり方が成功すれば最大限の効果を持つ、と観測している。ただし、支配層ないし反動勢力の用いる政治的象徴は、以前のような全一性 を喪失してしまっている。天皇制と家族制度、万世一系と忠孝一致、国内統治と世界政策、東洋の精神文明と西洋の物質文明とを日本の国体に置いて総合するといった、情緒的な統一ではあるが皇国イデオロギーによる統一性はもはや求むべくもない。支配層やそのイデオローグの用いる政治的象徴は極度に断片化し、その都度差し当たり必要なシンボルを無統一に動員する御都合主義が見られる。したがってその都度ナショナリズムにならざるを得ない(「現代政治の思想と行動第一部 追記および補注」での引用参照。『丸山真男集』第六巻所収)。

 戦前戦中のナショナリスティックな感情が、戦後に、社会機構の底辺へ量的に細分化されて分散還流し、政治的表面からは姿を消したが、そのナショナリズムの性格を質的に変えてはいないという考察は、現今その同じ質が新しいシンボルを得て急速に再集中し始めていることを説明可能にする。この丸山の、旧ナショナリズムの社会の基層部分への分散還流論、「国内消費用ナショナリズム」、「その都度ナショナリズム」など政治的イデオロギーとそれを支える感情の動向の分析は、その後の事態を論ずるために参照可能な座標軸を提供する。

 

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