Booklet 01 P.9

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この本の基本的特徴は、「国民の歴史」を「文明圏」としての日本列島の独自性によってすっぽり包み込むところにある。

 

3 西尾幹二著『国民の歴史』の分析  

 

 『国民の歴史』は、「新しい歴史教科書をつくる会」が2002年度春までにつくろうとしている中学校歴史・公民教科書のパイロット本として企画したものである(新しい歴史教科書をつくる会編、産経新聞ニュースサービス発行、1999年)。西尾幹二は同会の会長であり、同会の委嘱によって本書を執筆した。内容は、テーマ別に歴史上の事例をえらんで解釈を下している論集であり、773ページもの分厚い本であるが、歴史教科書の指針になるものという委嘱側の期待を充たしてはいないように思われる。本の体裁は、一般読者向けを意識したつくりであるが、時系列に沿った歴史としての記述ではなく、特殊なイデオロギーにもとづく見解の披露なので、歴史書と言うよりは、歴史的出来事の主観的彩色図とでもいえばいい性質のものである。この本の基本的特徴は、「国民の歴史」を「文明圏」としての日本列島の独自性によってすっぽり包み込むところにある。近年、考古学は新しい発掘や研究の進展によって、従来の通説、定説をくつがえすめざましい発展をとげた。これまでの定説よりはるかに古くから日本列島には人が居住していたこと、縄文時代が考えられていたよりずっと長い期間であること、その時期にすでに農耕が始まり、大規模な定住集落があり、生活は厳しく寿命は短かったが、地域によっては基本的な生活の質においてゆたかな文化を享受していたところがあったことなどである。さらに、人類学を通じて無文字文化の価値の見なおしも進み、歴史を文字文化の段階からのものと考えるする歴史観への反省も行われている。

 著者は、それらの新知見を、日本列島が今日まで、世界に類を見ない独自な文明圏としての連続性を保ってきたという自説の田んぼを潅漑する水として引き込む。

 古典ギリシャまでの古代諸文明が衰退・崩壊する時期に、ユーラシア大陸の東西の端で「文明の新しい組み替えと再出発」を開始する地域があった。日本列島と西ヨーロッパ地域である。この時期の日本とゲルマン民族の動きが、のちに「近代社会を生み出していく地球上の大きな原動力」となった。日本は、古代国家を建設した7、8世紀以来、ユーラシア大陸の東西の文明圏から離れた独自の文明圏を築き上げて今日までそれを維持している。日本文化は東洋文化の一翼ではない。東洋、西洋をひっくるめたユーラシア大陸の文化全体とあい対している。

 これが記述を導く歴史哲学的アイデアである。アイデアという言葉を使うのは、理論的認識の対象ではないが認識の目標を定める観念という意味と、観念的思いつきという意味と両方をこめてである。

 

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