Booklet 02 P.12

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混沌とした状況を、秩序強化の締め付けにより乗り切ろうという主張は、俗耳に響きやすい。
留保付きとはいえ、「個の確立」や「多様性の尊重」という主張の部分には共感

 

第4章 「構想」に対抗する
       教育改革の方向性
 

(1)「義務教育を守れ」の運動は無力に

繰り返しになるが、「構想」の改革路線は単純な国家統制ではなく、「統制と自由化」の巧妙な組み合わせである。これに対し、「教育の反動化・国家統制に反対し、義務教育を守り充実させよう」という従来型の運動は、教育関係者の「既得権擁護」の運動とはなりえても、おそらくは広範な国民的広がりを持った運動とはなりえず、無力に終わるであろう。何故ならば、現行の教育システムが疲弊し、実情にあわなくなっていることは、「構想」が指摘するまでもなく、誰の目にも明らかになっているからである。

 現に子どもを学校に通わせている多くの親は、わが子が「いじめ」や「学級崩壊」に巻き込まれはしないか、「進路」は大丈夫か、登校拒否にならず無事に卒業できるか等々、たくさんの不安や不満を抱えている。

 学校の側も次々と発生する子どもたちの「問題行動」〜基本的には子どもたちの「意識的・無意識的反乱」であると認識しなければ、対処療法しか生まれないと思うが〜に疲労の色を濃くしている。それが良かったか悪かったかはともかく、「とりあえず学校に預けておけば安心」であり、先生たちも「安心してお任せください」と言うことができた牧歌的時代は、どうやら終わったようである。

(2)学校や親の不安につけこむ「構想」

このような混沌とした状況を、秩序強化の締め付けにより乗り切ろうという主張は、俗耳に響きやすい。曰く、「行きすぎた個人主義や権利の主張、自由の放任が子どもを甘やかし、問題行動を生み出している」と。「子どもたちが義務教育に対する畏敬の念を忘れかけているので、義務教育は納税と同じ若き国民の義務であるという観念を復活させないと教室の混乱が起こるのも当然」などという言い方は、自分の学校で学級崩壊が多発していたり、登校拒否や非行の子どもが続出するような事態になっている場合には、教職員の間に一定の共感を呼ぶのではなかろうか。また、そのような学校に自分の子どもが通っている家庭の場合、わが子がその「悪い影響」を受けないかと心配になり、「もう少しビシッと指導して欲しい」という気持ちになる親も多いのではなかろうか。

逆に、厳しすぎる校則や体罰などに典型される管理的・抑圧的な学校秩序や、過度な受験指導などの競争主義的教育に異論を持つ子どもや親は、「構想」が言うところの、あまりに均質的な日本の教育の弊害を実感しており、留保付きとは言え「個の確立」や「多様性の尊重」という主張の部分には共感を示すのではなかろうか。子どもの管理や進学指導に汲々とする学校のあり様に批判を持つ良心的な教職員もまた、この部分には賛意を示すであろう。

(3)「消費者主権」の教育クーポンに説得力

 また、義務教育には膨大な税金が投入されており、子どもがその義務教育の「恩恵」にあずからないまま成長した私たちのような家族にとっても、一部「魅力的な」主張が散りばめられている。もちろん、結果としてではあれ行かないことを自ら選択した以上、そのリスクや費用についても自己責任で引き受けるつもりである。しかし、「構想」が言うように「国民が一定の認識能力を身につけることが国家への義務」であるとするならば、26歳と16歳のわが子はそれ相応の「認識能力」を身につけ、「構想」の条件を満たす社会の一員として成長している。それ故、義務教育に係る税金を使わずに「国家への義務」を果たしたのだから、納税者の立場からは、その分をわが家に還元して欲しいものである。

 このことは、「構想」で提起している「教育クーポン」という発想とつながる。これは、ニーズを満たすための費用=税金を、サービスの「供給者」にではなく「消費者」の側にクーポンの形で給付するというシステムである。消費者は自らの選択により必要と考えるサービスをそのクーポンで購入し、供給者は支払われたクーポンで必要なサービス提供の費用をまかなう。そのサービスが消費者の期待に応えられない場合には、それ以降消費者はクーポンの支払を別のサービス供給者に変えるであろうから、今のサービス供給者は事業を閉じるか、消費者の期待に応えられるようなサービス提供に一層の努力をすることが必要となる。

 現在の義務教育では、公立学校の場合は原則として学校を選択できないので、指定された学校に通わないということは、税金による義務教育の「恩恵」を放棄することになる。言い換えれば、学校に行く以外に税金の還元を受ける道が無いと言うことであり、「構想」の言う教育クーポンの仕組みに魅力を感じる登校拒否児の家族がいても不思議はないのである。

※ この4月から東京都品川区では学区の一部自由化を導入する。この動きは今後広がって行くと思われるが、全国教研全体集会において、川上日教組委員長(当時)は、進学競争の激化が懸念されることや、地域と学校のつながりが薄れて、住民の共有財産という学校の役割が解体されることなどを理由に、反対を表明している。このような学校関係者の批判にも一理あるが、親の立場からすると、学校の情報公開が徹底され、多様で個性的な学校運営が真に可能となるならば、言い換えれば子どもたちや親にとって、選択に値するだけの多様性が生まれ、判断する材料がきちんと提示されるのであれば、意義のあることだと考える。

 

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