7.海上の森の里山公園の整備計画
さてそこで、以上のような考えをもとにして里山公園の具体的な整備計画となります。基本的には、今のままの状態を保ちながら、園内の各地域の特色・魅力のポイントを考慮して5つのエリアを考えてみました。公園の中心的施設は、銭屋鋼産跡地に集中させます。
1) 海上の里の生活の息吹を伝えるエリア
海上の里を中心に、ため池を復活し、田んぼを隅々まで耕作し、棚田を復活させます。周辺の里山林を手入れして美しい里山を再現します。ここでは、完全に1960年代以前の時代にタイムスリップするのです。60年代以前といっても、電気が使用できないような江戸時代にさかのぼることまでは考えていません。そこでは、「現代」を持ち込みませんが、電気は木質発電施設で発電した電力を使用できるようにします。田んぼ耕作などに参加する市民は、田植機・稲刈り機、草刈り機を使用しないで、手作業で行います。しかし、耕運機を使わない田起こしの労働は大変きつい仕事です。耕運機くらいは必要でしょう。裏作には、大麦・小麦、油菜、一部はレンゲ草を植えます。
昔は水洗のトイレも無しで、その糞尿は肥溜めに入れて肥料として使いましたが、そこまでタイムスリップするのはどうでしょうか。現在は土壌浄化法など、し尿や雑廃水の浄化には大変すぐれていて、河川や池沼の富栄養化が起こらなくてもすみます。宿泊施設や各地に散在するトイレの糞尿処理は、それを採用したらどうでしょうか。風呂も薪で炊きます。つまり現代の便利さを排除して、当時の耕作や里山の生活を再現し、昔の人々の労働の現実をも少し体験します。
周辺の里山林には、2、3個所の炭焼き窯を設置し、伐採された里山林を使用して炭の生産を行います。そこでは、炭焼きの実際を市民が体験できるようにします。木酢の生産も同時に行います。竹炭の生産も行います。現在、海上の里の南の一部の県有林は三河高原国定公園となっていますが、その人工林を伐採して雑木林に変えます。伐採したスギ・ヒノキで、海上の里の民家や宿泊施設、民俗・文化資料館などの建築用材として用います。
現在、海上の集落を通っている市道は、海上集落のタイムスリップエリアには似つかわしくないので、元のとおりに大正池の南側の林内を通って四ツ沢に抜けるようにします。その際、大正池の景観を損なわないように配慮します。海上の里へは、住民のほか物品の運搬などの許可車以外は通さないようにします。
2) 大正池・篠田池 雑木林の水と木と風を楽しむエリア
北海上川流域は、大正池(海上砂防池)と雑木林の美しい景観を大切にします。大正池の南およびものみ台の林道沿いの人工林は、伐採して雑木林に変えましょう。落葉広葉樹林も、常緑の樹木が入り込み、遷移が進んでいるところがありますので、伐採が必要です。物見台から篠田池、四つ沢の地域には針広混交林の間に大きなツブラジイが切らずに残されています。このままの景観を残してゆきたいものです。
3) 屋戸川流域の貧栄養湿地 貴重種に出会えるエリア
屋戸川流域、吉田池の流域、東広久手川流域は、厚い砂礫層が堆積している地域で、その地下水による貧栄養湿地が多数存在しており、そこに貧栄養湿地独特の貴重植物群や昆虫が生育しています。生態学的に重要で繊細な生き物は、とくに人の入り込みや関わりに大きな影響を受けます。いわば海上の森でも、人体の眼のような場所に当たりますから、とくに注意が必要です。日照条件の確保のための樹木の伐採・人の踏圧をどうするか、景観を壊さない形での整備を考えていく学術的な配慮が重要です。日照条件を良くするために、また遷移が進まないように樹木の侵入を防いだり、腐植土が溜まらないように清掃したりする管理が必要です。
4) 物見山周辺 人工林と見晴らしの良い高台のエリア
物見山からの景観は武田信玄の伝説とともにたいへんよい眺望です。その眺望を遮るヒノキなどは伐採して、七つの城が見えたという昔を再現したいものです。また、標高の高い海上の森の東部の山地から物見山に抜ける尾根沿いには、大正時代から植えられた県有地の人工林が広く分布しています。そこは、人工林の保全エリアとします。現在は、間伐が不十分であり、下草が生えないほど暗い森になっているところがありますが、その間伐を実施して、美しいスギ・ヒノキの人工林として保存し、活用します。つまり、このエリアは、建築用材の供給地域とします。
5) 吉田川流域 鳥の声、水の音、そして静けさを楽しむエリア
吉田川流域はうっそうとした広葉樹の森が広がっており、海上の森の他の地域にも多いのですが、とくに鳥類の種類が豊富で、美しい鳥の鳴き声がいつも響き渡っています。赤池までは峡谷をなし、それも海上の森の美しい景観を構成している重要な要素です。川沿いは薮が茂ってしまい、川の清流が見えないところが多くありますが、薮も小鳥たちの隠れ家になっていますので、生き物に配慮した雑草管理が必要です。
生物全体のつながりではなく、鳥にだけ目を奪われて、人工的に鳥が好む実のなる樹木を植樹するなどはしたくないと思います。吉田川左岸からの支流も薮になっています。また常緑樹が入り込み、かなり暗い森になっています。生態系に配慮しながら、時には大胆に樹木の伐採など手を入れる必要があるでしょう。生物多様性は、様々な異なる環境がモザイク上に配置されていることによって成立するといわれます。吉田川の赤池よりも上流地域に、かつての田んぼを復活し、樹木の伐採と合わせて、多様な環境を生み出すことが、鳥類の生息環境に必要なことです。
6) 古窯・古墳 歴史・文化・生活を今に生かすエリア
海上の森の西部には、古窯や古墳がたくさんあります。それらの文化財を十分に活用しましょう。現在の銭屋鋼産の北の地域の古窯の発掘現場を保存するとともに、古い構造のまま穴窯を再現し、そこで焼き物の歴史をひも解く実験をするのはどうでしょうか。陶芸家の協力を得て、穴窯による今と昔の作品の展示などができるような施設も必要になると思います。ただ、観光地を彷彿させるような施設は作りたくないと思います。
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