市民が提案する
「国営瀬戸海上の森里山公園」のマスター・プラン

 

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一、今、なぜ「里山」か?  

 
 1.「里山」の消失と生態系


 植物のレッド・データブックは、日本の高等植物のほぼ3種に1種が絶滅に瀕していると報告しています。しかも深刻なのは、つい最近までごく普通に見られた身近な植物が絶滅に瀕していることです。またメダカやドジョウ、カエル、ホタルなど、昔はどこにでもいた生物がどんどん姿を消しています。このような事態となって、生物学者や生態学者が少しずつ里山の生態研究を始め、農業や林業の近代化に伴う里山の変容と消失が生態系を分断し、生物の多様性を失わせてきたことを明らかにしてきました。

 高度経済成長期以前の里山は豊かな生物相を保持してきたのですが、1960年代以降急速に衰えを見せはじめます。それは、1960年代から始まった燃料革命などによって薪や炭(薪炭という)として里山林が利用されなくなったからです。また、化学肥料や農薬の大量使用や田んぼの整備・用水路のコンクリート化、機械化の進行によって、田んぼの自然環境が激変したことなどに原因があります。全国一律の減反政策は、圃場整備ができにくい里山における水田耕作の放棄の原因ともなりました。

 60年代から始まった燃料革命は、文字どおり「革命」でした。産業と家庭から石炭および薪炭を排除し、安価な原油を海外から輸入して、石油・ガス製品の生産・消費を急速に拡大しました。石油文明の時代に入ったのです。金属・機械・造船などの重工業と石油製品を中心とする化学工業の拡大政策が、「所得倍増計画」として進められました。それは、都市に暮らす人々の暮らし方を変えたばかりでなく、農業の方法を変え、村を変え、結果として自然の景観までも変えてしまいました。それまで石炭や薪や木炭、つまり炭坑や雑木林に生計を依存してきた人々にとっては、生活の根拠を奪われる結果となりました。多くの炭鉱は閉山になり、たくさんの労働者が首を切られ、労働争議が多発したわけです。農山村では、薪炭生産は大打撃を受け、農山村の農民の重要な収入源がなくなりました。そういった人々の多くは都市の労働者として流出し、大都市に移住して都市は過密になり、都市問題が発生しました。

 一方、林業は、戦中・戦後の薪炭などの木材需要の高まりで、ほとんどの里山の松林や落葉広葉樹林は伐採され、山は丸刈り状態となりました。さらに戦後経済がどうやら回復する50年代後半には、洋紙需要が増えて製紙会社がパルプ用材のために山の雑木林を皆伐し、洪水や土砂災害が頻発しました。それに懲りて、60年代からは「拡大造林」政策が行なわれるのですが、その政策の中で広葉樹林に代えてしてスギ・ヒノキなど金になる樹木の植林が一斉に行われました。ところが、60年代後半からの木材の輸入自由化に伴い、安い外国産の木材の大量輸入により、木材価格が低く押さえられた結果、日本の人工林の商品化が困難になり、管理が放棄され、間伐が行なわれず、木材価値のないひょろひょろとした樹木が密生する暗い森林となりました。それは、今でも続いています。

 人工林だけでなく、前述のような社会状況の中、里山林にも人手が入らなくなり、里山の広葉樹林は自然の森林の遷移に任せて大木に成長し、薮が生い茂り、林床に光が届かず、暗い常緑の森林へと遷移が進むに任せた状況があります。こうして、日本の農業と林業が軽んじられる社会となるに伴って、里山は豊かな生物相を保持することができなくなりました。

 スギ・ヒノキなどの人工林は萌芽更新をしませんが、広葉樹林は、切っても萌芽更新によって再生することが決定的に違います。現代の日本は、まさに石油に依存した文明ですが、世界の石油資源の枯渇の問題があって、21世紀は「脱石油文明」の構築が求められています。そのためには、萌芽更新によって絶えず再生する雑木林の森林資源の利用が、その問題解決の大きな部分を占めることが予測されます。しかし、それには、現代日本の社会・経済的な構造を変えていかなければ実現しません。途方もなく大きく困難な問題で、日本人の価値観の転換も必要です。そういう意味で、再生可能な里山林を含む里山システムの復活は、21世紀の我が国の大きな課題であると言えましょう。それは同時に、荒廃した我が国の自然環境を回復することにつながります。

◆森林の遷移 日本の気候は温暖で湿潤ですので、何ら人手が加えられなければ、300mよりも低いところではカシやシイなどの常緑の広葉樹林になるといわれています。何らかの原因で裸地になった場所には、はじめは雑草が侵入し、潅木が侵入し、土壌が成熟してくると、コナラやアベマキなどの落葉広葉樹が入ってきます。それが成長するに連れてさらに土壌が成熟し、常緑の樹木が生え、それが大きくなって落葉樹を排除して常緑の森になるのです。そのような森を極相林といいます。この地方では、場所によって、裸地から極相林になるまでに300年〜500年かかると言われます。日本の里山林は、昔から人々に利用され、樹木が伐られつづけていましたので、落葉広葉樹のままに保たれ、遷移が進行しないですんできたのです。

 

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